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古伊万里のそば猪口で優雅(?)なティータイム

2012.09.10 17:54|すき❤博物館・美術館
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昨日、用事で有田まで行ってきました。

ここは2回め。初めて来たのは古伊万里の講座の時以来…もうずいぶん前です。

 今回は「伊万里・有田の伝統工芸士展」があっていたので、そちらをのぞきました。

 撮影禁止でしたけど、さすが伝統工芸士という作品ばっかり。なかなか見事な作品でした。

 そうそう、ここは常設展示もすべて無料です。九州の古陶磁器から近代のもの、はては柴田夫妻コレクションまで全部タダで見れます。

 前回の講座で勉強した柿右衛門様式の器とも再会して、少々疲れたのでこちらのカフェに…。

 ミュージアムのカフェでは、さすがというか、ケーキセットは古伊万里の器で出てきます。


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私のはこちらですね(*^_^*)

 そば猪口の大胆な松と岩。ちょっとコミカルな感じで愛嬌がありますね。

 ちなみにお隣さんのとは器が違いましたけど、さすがに写真撮っていいですか?とも言えず^^;

 どちらも200年前のものだそうです。

 ちゃんと解説まで添付してくれますよ。


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なんと、こちらも「柴田夫妻コレクション」の一部だったんですね@@

 柴田夫妻コレクション…http://www.pref.saga.lg.jp/web/at-contents/kanko_bunka/k_shisetsu/kyuto/sibacole.html


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若干チョコが残っています(笑)

 べろっと舐めればよかったのでしょうけど、口が開かないもんで^^;

 大きさも持った感触もさすがにイイですね~。


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中国の吉祥紋をデザインしているそうですが、線がかなり細いので、職人さんも大変だったろうなぁと思います。持って帰りたかったけど、お縄になるわけにいかないし^^;

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そば猪口の中もいいですね~。今のそば猪口よりも、若干鋭角気味で、小ぶりなようです。

 口が開けられなかったので、これくらいの大きさでよかった~。下手したら、口の横からコーヒーがドバっとなるはずでした(笑)


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後ろもいいですね~。土がくっついているのも味わいがあって。

 まあ、コーヒーもケーキもそれなりの味、いたって普通ですけど(爆)、やっぱり気分が違いますね。

 好きな人には至極のティータイムになると思います。

 最近、収集はやめていたのだけど、何となくまたはじめたくなったかな…
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福岡市博物館特別企画展【幽霊・妖怪画大全集】

2012.08.20 09:34|すき❤博物館・美術館

 
 
 昨日、久しぶりに福岡市博物館へ行ってきました。
 
 どうしても、どぉ~しても『特別企画展【幽霊・妖怪画大全集】』を見て見たかったんです!
 

 
 マッチに子育てをお願いしてビュッと行ってきました^^;
 
 この企画展、実はかなり評判がよく、話題になっていたんです。
 
 円山応挙の幽霊図や、妖怪を描いた浮世絵、とりわけ私の好きな月岡芳年の「和漢百物語」が展示されているので、芳年ファンとしては見逃すわけにいかなかったんです^^;
 
 すごいのはここに展示されているほとんどが、ここの博物館所蔵というから、いったいいつの間に集めたんだろうと、そっちもビックリです。
 
 当地の県立博物館とは全く違いますな^^;
 
 ということで、私が気に入った作品をちょっとだけ…。
 
 

 これは言わずと知れた、円山応挙の「幽霊図」ですね。これが幽霊画の原点なんだと思います。
 
 「幽霊だとしても、そばにいてほしいほどの美人」として、当時は大流行した絵なんだそうです。
 
 輪郭がなくて、足の部分がうっすらとして、何とも言えない清潔な色気もあって、さすがだなぁと思いました。
 
 もちろん、「美人でない」応挙の幽霊図も並行して展示してあって、この「美人でない」幽霊が、のちの幽霊画の基礎になったようです。
 
 こちらの企画展では子供でも楽しめる企画が多くて、「YKI48総選挙」が実施され、この応挙の幽霊図は圧倒的多数で断トツの一位でした。
 
 9月2日の最終日を待たずして、センターが決定だと思います^^;
 
 で、こちらが総選挙2位…なかなかすごいですよ、これは@@
 

 こちらは2位ですので、去年までの大島優子サンのポジションですね^^;
 
 作者は深斎英泉といい、浮世絵や春画でおなじみの方のようですが、このような肉筆画もかなりすごい作品になっていました。
 
 この幽霊さんはだれかわかりませんが、日本三大幽霊の一人「累」ではないかと言われています。「累ヶ淵」で有名な、あの累ですね^^;
 持っている女の生首は、後妻の誰かなんでしょうか。
 
 こちらもとても気に入った、男性の幽霊です。
 

 
 こちらは絵葉書からスキャンしました。 欲しい人、送りましょうか(爆)
 
 怨念というのは女性が強いものと思われがちですが、男性もまたすさまじいものです。
 
 作者は河鍋暁斎といって、幕末から明治にかけて活躍した画家で、幽霊専門ではないですが、海外でも知られた方だったようです。埼玉県には記念館もあるそうですよ。行ってみたいわ~。
 
 この絵に惹かれたのは、咥えた生首の下の方に、うっすらと線が描かれていて、いかにも男の幽霊がこの生首を振り回しているようなリアルさなのです。
 
 幽霊の絵を見たくない人もいると思いますが、やはり画家としては「見たくないけど、見てみたい」と思わせれば、それは画家の勝ちなのだと思います。
 
 私が幽霊の絵が好きなのはその点で、「美しい」とか「きれい」というのは好みでバラバラになってしまうのですが、不思議と「怖い」ということはほぼ誰とも共通しますね。
 
 そこに情熱と技を以て心血を注ぎこめるのが、幽霊や妖怪の絵なんだと思います。
 
 かなり楽しかった特別企画展、ですが、展示があまりにも多すぎて疲れました^^;
 
 収蔵品が多いなら、3年に分けて展示してもよかったのかな…。
 
 相当くたびれましたので、夏休みの間は常設展示が無料なので、「黒田節」で有名な、「日本号」の槍と、私的には「ガッカリ国宝№1」の「金印」をゆっくり堪能してきました^^;
 
 なんで金印が「ガッカリ国宝№1」って?だって、ちっちゃいもん(爆)
 
 ということで、今日も暑くなりますね。
 
 幽霊記事で少しは涼しくなりましたか?(笑)どうぞ、今日も良い一日を。
 
 福岡市博物館特別企画展HP…http://yurei-yokai-fukuoka.com/

「細川家の至宝」~珠玉の永青文庫コレクションを見てきました。

2012.02.22 09:54|すき❤博物館・美術館

 続きです(*^_^*)
 
 先日九州国立博物館で行われている、「細川家の至宝」~珠玉の永青文庫コレクションを見てきました。
 
 太宰府に行った目的は、主にこれでした。
 
 本当は前半の展示を見に行きたかったのですけど、何かと用事もあり、また天気も悪いのでのびのびに…il||li▄█▀█●il||li
 
 ともあれ、後半の展示もなかなか見事でした。
 
 こちらの展示は…なんとも東京や京都を経て九州に来たんですね…私はてっきり、九州が最初かと思っていましたよ!(怒)
 
 そんなこんなで、中はだいたい2部構成…最初は細川家伝来のお宝と、後半は16代護立(もりたつ…当代18代目護熙の祖父)コレクションですね。
 

 上のYOUTUBEの画像にあるように、細川家の守護天童像からスタートして、ず~~と武家の歴史をたどっていきました。
 
 中世の兜から、ご存じ、細川忠興が関ヶ原で着用した、縁起の良い甲冑までありましたよ。
 

 これが関ヶ原で大活躍した細川忠興の甲冑(黒糸威二枚胴具足)です。細川藤孝が着用した中世の甲冑にちかいものの資料はないので比べられないのですけど、戦国時代のものはシンプルかつ実務的でありながら、美意識がとても高く感じました。
 
 そして見どころの一つ、織田信長本人が直接書いた、細川忠興への感謝状。上の動画にもありましたけど、本人と確認できる唯一のものだそうです。
 
 けど、私が引かれたのはこっち…。
 

 

 こちらは「本能寺の変」のあと、明智光秀が娘の玉(細川ガラシャ)の嫁ぎ先である、細川家に味方に付くように、見方についてくれたら丹後のほかに、摂津や若狭といった畿内近国の最重要地域を支配できるようにしてあげますよという内容です。
 
 これはドラマなどで誰でも一度は見たことがあるシーンによく使われるものですね。
 
 結局は細川家は秀吉に味方をするのですけど、このとき光秀も何となくは細川家が味方してくれるのか疑心暗鬼だったのでしょう。特に誘い水を書いておくあたり…(* ̄m ̄)
 
 この生の書状を見ると、すごく丁寧に書かれている感じがしますが、やはり光秀の焦りというか、そういうものが墨のかすれ具合などでよく出ていると思います。
 
 結局このことで細川ガラシャは幽閉されてしまうのですが、ここにはガラシャが幽閉時に書いたであろう和歌短冊「たつね行」が展示されていました。
 
 前半の展示では”超ヤキモチ焼き”忠興にあてた消息も展示されていたようです。
 
 ガラシャに関しての遺品等はほとんどありません。これはまたお家事情などもあってか、残念ですけど仕方がないですね…どこかから出てきてほしいのですけど、当代護熙氏が総理大臣を辞職する際に、このガラシャの辞世の句を使ったことを考えると、やはり愛してやまないご先祖さまなのだなぁ~なんて思いました。
 
 護立 コレクションはこれまた素晴らしくて…。
 
 
 一時期は刀唾を集めようと思っていたのですが…。
 
 これ見てあきらめがつきました^^;
 

 
 
 そしてやはり期間通しての目玉はこちらですね。
 

 
 国宝「金銀錯狩猟文鏡」世にいう、「細川ミラー」です。
 
 中国の戦国時代、BC4世紀からBC3世紀のもので、金の螺鈿がこれだけ残っているものはとても珍しいそうです。
 
 写真上の狩猟文、ちょっとざらついて投稿しましたが、実際はかなり精巧できれいな状態です。ちょっとオリエンタルな感じがまたいい…。
 
 ほかに人気だったのは茶の湯の道具、井戸茶碗や天目茶碗でしたけど、長次郎の黒楽茶碗は素晴らしかったですね。
 
 時代的に黒楽茶碗が一番新しかったのですが、一番良かった!あ、でも好みですよね…これは(* ̄m ̄)
 
 ということで、見学は終わり…。あまりにもお宝が多すぎて疲れましたけど、やはり一度は見ておいてよさそうなものばかりでした。
 
 武具が好きな人も、茶の湯が好きな人もまんべんなく楽しめる特別展示だったと思います^^;
 
 前半と後半、2回に分けて行ってもいいと思うのですが、2回目の人は半額とかすればもっと人が入るのに…って、結構人は多かったですよ。
 
 ということで、恒例の「仏像コレクション」ガチャ!
 
 前回金剛力士像の「吽像」だったので、片方の「阿像」が欲しかったけど…また「吽像」だったらと思って、違う仏像ガチャに…このシリーズはもう4種類出ていますよ。
 
 なので私は②を…この中の「東大寺戒壇院」の多聞天が欲しいなぁ~。で、出てきたのは…
 

 
 い、一番欲しくなかった大日如来il||li▄█▀█●il||liil||li▄█▀█●il||li
 
 でも、ゴールドタイプなのでいいか…^^;
 
 リベンジは5月の「平山郁夫展」で(^_-)-☆

世界記憶遺産・山本作兵衛をたずねて~田川市石炭・歴史博物館②

2011.08.24 11:59|すき❤博物館・美術館

 
 昨日の続きです。写真は山本作兵衛さんです。こちらは今回こちらで買い求めた「炭坑(ヤマ)の語り部 山本作兵衛の世界 584の物語」からスキャンしています。
 
 2階の展示場では、こちらではなく、正面を向いた写真が飾られていて、作兵衛さん、なかなかの男前な方でした(^◇^) 
 世界記憶遺産、日本では始めて登録されたということは、ニュースで知っていらっしゃる人が多いと思いますが、他にどんなものが登録されてあるかというと、
 
 「アンネの日記」、「ヴェートーベンの第九(自筆楽譜)」、「人権宣言」など。
 
 よくご存じのものが多いですね。他にはこれくらいあるようです。
 
 
 そんな素晴らしい世界の記憶の仲間入りした作兵衛さんの作品、daizuさんとかぶるかもしれませんが、数点投稿しますね。
 
 ご多分にもれず、中は撮影禁止でした。
 

 
 PCが入院中、スキャナーの設定がうまくできなかったので、画像は荒いです。ごめんなさい<(_ _)>
 
 作兵衛さんの記録画、もともとはお子さんや孫のために書き残しておくためのものだったそうで、その辺のスケッチブックに描かれているためか、かなり保存状態が悪いそうで、原画の展示は3点のみ。
 
 定期的に展示は変えていくそうですが、中はコピー拡大されたものがほとんどです。
 
 でも、コピーとはいえ、かなり素晴らしいものばかりでしたよ(^-^)
 
 作兵衛さんは本当の炭鉱マンで、自分が見たり聞いたり、体験したことをそれはそれは几帳面に絵と文章で描かれています。
 
 作兵衛さんいわく、「文章だけならいつかは捨てられてしまうかもしれないので、絵と一緒ならわかりやすくて、子供たちに残してもらえるだろう」と後におっしゃっていました。
 
 上の図は狭い坑道を、夫婦で掘っている図です。
 
 一家に番号札があって、掘った石炭を入れたカゴなどに入れておきます。掘ったぶんだけ金になるというわけなので、このように夫婦で炭鉱に入る人が多かったようです。
 
 この坑内のハリも自分たちで組み立てるそうで、この柱は逆さに打つのが鉄則。木が生えるように柱を打つのは忌み嫌ったそうです。坑内で落盤があるときに、木の裂ける音が聞こえないからだとか。
 

 こちらはその坑道の中のハリを作る作業で、 明かりは夫婦が持ってきたカンテラのみ。そこでの作業なので、猛烈な環境の中での作業だったんですね…。 
 
 これは夫婦仲がよくないとダメですね(^_^;)
 
 作兵衛さんの記録画には夫婦喧嘩の図も残されていましたが、いやはや、【ハードな夫婦喧嘩之図】でしたよ(+_+)
 
 でも、こういう夫婦は、朝には仲良く元の鞘に戻るすべをよく知っているんですよね…(* ̄m ̄)
 
 ごらんのとおり、男はふんどし、女は腰巻のみです。中が暑いうえに、動きやすくするためだったのでしょう。実際、写真で残っているものも、このようなスタイルで残されています。
 

 
 これは掘り出した石炭を地上に持っていく様子が描かれています。
 
 中に入っている石炭、とスラという入れ物を合わせて200キロあります。
 
 傾斜が20度ぐらいだそうで、支えているのは頭。手と足を使って運ぶのですが、一歩足を踏み外すと一気に落ちてしまいます。
 
 これは女の人が運ぶのが器用だったそうで、女の仕事だったようです。あ~、なんとなく、わかりますね(^_^;)
 
 でも、私には200キロは運べないなぁ…やはり、明治女は強いといいますが、その通りですね。
 

 
 こっちは共同浴場の図です。昭和までは混浴だったそうですよ。
 
 ガイドの元炭鉱マンさんは、「作兵衛さんの記録画にはこのように描いていますが、私がいたときはもう男女は別の風呂でした!誓って混浴には入っていません!」と必死に言っておられてました…誓わなくてもいいのに…と思いつつ、たぶん、みんなから聞かれるからでしょうね(^_^;)
 
 

 
 混浴だからというわけではないと思いますが、今も昔も不倫はあって、こちらは姦淫の罪を犯した女の人です。
 
 炭鉱はこのように個人個人の能力によって収入に差がありましたが、そのほかは共同体としてのコミニュティーがかなり発達していて、いわゆる「一山一家」的な考えに基づいていたんだと思います。
 
 なので団結が強い分、それを犯した人にはかなり厳しい制裁があったようで、間男には、火あぶりや張り付け、女の方はこのように道の真ん中に裸で張り付けにし、通る人はこの女の人の局部を棒でたたいて通らなくてはなりません



 
 もし手加減しようものなら、図の右側にいる人が手加減した人を殴ったりするそうで、親切があだとなって帰ってきます。いわゆる、見せしめなんですね…これはさすがに展示はしていませんでしたが、こういうのを包み隠さず発表することが、記憶遺産に繋がったんだと思います。
 
 

 
 でも、大抵はこのように、楽しいこともたくさんあったようで、他には言い伝えや、不可思議な事件などが克明に描かれています。
 

 最後はこちら、決闘の図ですね(^_^;)
 
 何気に刺青をしている人が多いと思った人もいると思いますが、坑内では裸になることが多かったので、刺青を入れていないと、まだ経験が浅いと馬鹿にされていたようです。
 
 ただ、落盤事故やガス爆発などで、身元が分からない場合は、昔はDNA鑑定などなかったですから、刺青があることで身元が判明しやすかった…というのもあったのかもしれませんね。
 
 冬だろうとなんだろうと、決闘のときはこのように裸になって、真剣で勝負をするので、とにかく迫力があった…と作兵衛さんはそう書いています。
 
 だいたい、どこから真剣なんか買ってきたんだろう…なんか、何をするにもものすごいエネルギーを感じますね。
 
 他はdaizuさんのブログにもいくつか作品がありますので、こちらをご覧になってください。
 
 とにかく、ここは面白くて楽しかったですね(^-^)
 
 行くにはかなり不便なところですが、少なくとも今、九国で開かれている特別展示よりは、ずっと面白かったです。
 
 近くなら、展示が入れ替わるたびに行ってみたいなぁ~、そう思いました。
 
 夏でなければ、名物のホルモン鍋を食べてもよかったのですが、あまりに暑い日でしたのでパス。
 
 その後、直方市の骨董屋に行ったのですが、イマイチでしたので、「直方にも石炭博物館があるよ」と言ったら、「一日に2回も同じようなの見るん?」などと、マッチに言われてしまいました…たしかにねぇ…il||li▄█▀█●il||li

世界記憶遺産・山本作兵衛をたずねて~田川市石炭・歴史博物館①

2011.08.23 10:33|すき❤博物館・美術館

 
 世界記憶遺産、ちょっと前に大きなニュースになっていましたが、こちらにこのほど「山本作兵衛 炭鉱記録画」が展示されていると聞いて、いつか行ってみたいな~と思っていたら、daizuさんに先を越されて、記事を拝見したら、すぐに行きたくなってしました(*^_^*)
 
 ということで、先週行ってきましたよ!
 
 写真に写っているのはマッチで、実はこちら、トイレが改修工事中だそうで、右にチラッと、悲しげな簡易トイレがあります(^_^;)
 
 山本作兵衛さんの炭鉱記録画、今年記憶遺産に登録されたのですが、あの「国宝 御堂関白記」を抑えての登録というのがめちゃくちゃすごい@@
 
 今年は、その「国宝 御堂関白記」を見る機会があって、それはなかなか素晴らしいものでしたが、それを抑えてですので、一体現物はどんなものか興味が尽きません。
 
 大人料金210円というのがうれしいではありませんか(^-^)
 

  
 こちらは有名な「炭坑節」の歌に出てくる、あの「煙突」です(^.^)
 
 ♪あんまり~~煙突がぁ~高いので~~、さぞや、お月さん、煙たかろう、さぞヨイヨイ♪
 
 の煙突です(^.^) 
 
 この煙突は国の登録文化財に指定されています。
 
 中ですが、一階から石炭産業の歴史があって、懐かしの「豆炭」などが展示してありました。
 
 豆炭を知っていると一体いくつか?なんて言われそうですが、大牟田に親戚が住んでいたとき、私が小学校卒業までは豆炭で「石炭風呂」を沸かしていたので、石炭産業が衰退しても、まだ家庭用燃料としては作られていたみたいです。
 
 ここのガイドさん、実は元炭鉱マンで、解説がとても面白くて、しばらく聞きながら展示物を見ていたのですが、団体さんが来てどっかに行っちゃったil||li▄█▀█●il||li
 
 他にガイドさんはいないみたいで、ちょっと残念でした。
 
 一通り、中の写真や展示物を見て外へ。
 

 
 こちらはトロッコですね。現物保存のために塗装がされています。
 
 たぶん、こういう色ではなかったと思いますが、保存のためには仕方がないのかな…ジーバードでは経費がかかるのだろうか…だったら、入館料500円でもいいけどなぁなんて思いましたが…。
 
 こちらに展示されているもの、ほとんどがこちらの田川炭鉱のものではなくて、三池炭鉱のものを持ってきているとのこと。
 
 三池の方が閉山があとだったのかな?同じ三井系ではあるけれど…。
 
 

 
 こちらは蒸気機関車「9600型」、石炭を運ぶのに走っていた、石炭列車です。
 
 こちらも保存状態は決して良くないですが、石炭を載せる車両などそのまま残してあって、石炭車両だけは見覚えがあります(*^_^*)
 
 ちょっと行くと、炭鉱夫の住居が再現されています。
 

 
 映画のセットみたいですけど、実際ここに住んでいたようで、大牟田の親戚の家に遊びに行くと、公園に行く途中などに、この炭鉱住宅(炭鉱長屋と親戚は言っていました)がありました。なんか懐かしいのだけど、実際はびっくりするほど狭い住居。
 
 写真は昭和になってからの住居ですけど、明治時代はこんな感じ。
 

 
 真ん中がくりぬいてあるのは、暖をとるのと、上に鍋ものをおいて食べるためのようです。
 
 まだこの時代はガラスは上流階級でしかなかったので、こういう感じで窓を作っていたんでしょう。これでは、蚊に弱い私はやられまくりです(^_^;)
 
 実は一家にこの一部屋のみ。広さは4畳半ぐらいでしょうか。台所は外、お風呂は共同でした。
 
 こちらは大正時代。
 

 
 大正時代は明治に比べて、4畳半から6畳一間と、ちょっとだけ広くなっています。
 
 ちゃぶ台には4人分の食器。ということは、6畳一間に4人で生活…う~(;一_一)
 
 こういうのをみると、今の生活のありがたさを痛感しますね…。
 
 こちらは昭和10年ごろ。マネキンさんがいらっしゃいました。
 

 
 昭和になると、部屋が一つ増えて、台所も中に作られています。
 
 明治に比べたらかなりましになっていますが、それでもあまりよいものではなく、冬は新聞で目張りをしたりして寒さをしのいだようです。
 
 本当に仕事をして寝るだけの部屋ですね…。
 
 そんな中でも娯楽というのもきちんとあって、当時の娯楽は映画。
 
 この界隈は最近までたくさんの映画館があったようです。
 
 中には映画を楽しんでいる人たちの写真などが飾られていました。
 

  田川の炭鉱はよく映画の舞台になっていますね。
 
 「青春の門」は特に有名だと思います。炭鉱といえば、任侠!
 
 高倉健&藤純子、「日本女侠伝 血斗乱れ花」なんて、今ではこんなタイトルの映画はお目にかかれない、すごい映画があったんですね~@@
 
 藤純子さん、今は富司純子さんですけど、年取ってもきれいですね~❤
 
 私もあんな風に年をとるのが夢ですが、同じ女とはいえ、すでに別の生き物ですな(爆)
 
 ということで、次は2階に展示されていた、待望の山本作兵衛さんの記録画を見に行きました。
 
 つづく。
プロフィール

ふぅ

Author:ふぅ
メインは神社仏閣ブログです。
現在突貫工事中です。

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