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松原神社河童の木像

2010.10.28 13:22|神社探訪
松原神社河童の木像 1

怖い系が続くとアレなので(笑)、昨日はシシリアンでした。

 で、今日はシシリアンのお店から南にちょっとだけ頑張って歩くと、佐嘉神社があります。

 その横に松原神社が鎮座しているのですが、この松原神社には河童の木像が安置されています。


松原神社河童の木像 2

神紋がいかにも…って感じです、河童っぽい(^_^;)


 なんでもこの木像は全国的に珍しいものだそうです。


河童とツチノコはこの世にいる!!と信じて疑わない私!いざ、河童のご尊顔を拝見❤

松原神社河童の木像 3

こんな感じでケースに入っています。温度と湿度をしっかり管理しているみたいですよ(^.^)

 で、では…はじめまして…(@_@;)


松原神社河童の木像 4

うわぁ…筋骨たくましく、鉢巻をしています!

 鉢巻をした河童はすごく珍しいのですが、その意味はこういうところにあるようです。


河童の木像「兵主部」(ひょうすべ)

河童にまつわる話は各地に伝わっています。河川やクリークの多い佐賀にもさまざまな話があります。この木造はかつて松原川に棲んでいた河童の兵主部と云われています。
 昔、春日の大神が奈良に遷座する折、河川の工事を命ぜられた奉行、兵部大輔は工事の作業員が不足していたため、多くの人形にまじないをかけ働かせました。工事が終わったあと、用済みとなった彼らを人形に戻し川に投げ捨ててしまいます。これを憎んだ人形は河童に姿を変え、人間に復讐し始めます。兵主部の一派は松原川に棲み、子供達を川に引きずり込んで命を奪いました。時の城主鍋島直茂はこの河童の横暴を抑えるために、川上にある淀姫神社に願を掛けます。そして、犠牲者があと一人で千人に成ろうとした時、兵主部は捕えられます。捕えられた兵主部は「これからは子供たちを護りますからどうか元の人形に戻してください。」と頼み、以来この木像となって子供達を水難より護り続けているという事です。
 全国的に鉢巻をした河童は大変珍しいものですが、この姿は河川工事を請け負った人足の姿であり、兵主部は奉行の兵部に使えたことで、主(あるじ)は兵部という事であろうとされています。


 高さ…68.3cm 横幅…60.0cm 奥行き…23.4cm、材質…楠
作者…神埼市千代田町詫田に住んでいたとされる番匠(工匠)と伝えられる。 年代…松原神社創建の頃(安永元年-1772年)


 なるほど、確かに人足っぽい感じですね。

松原神社河童の木像 5


 アップで見ると…なんか、目と鼻のバランスがびみょーな感じ…(^_^;)

 たぶん、スケッチの段階でとらえられている兵主部さんを上から目線で書いたんじゃないかなぁ…と。

 兵主部さんは下から上に睨みつけている感じだったのではないかと…。どうでしょうか?

 あまりいじくったことばっかり書くと、今夜丑三つ時、木像が河童に変身して、ベッドの横に出るかもしれない@@

 河童さん、寒さに関係なく動きはいいのだろうか?う~ん、寒い中、川引きずり込まないでくれ~!今夜は潜水服を着て寝るか?(爆)


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