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志賀海神社の御朱印2

2013.01.17 13:22|神社探訪
志賀海神社の御朱印2 1

ということで続きです。

 楼門をくぐって御神木の前を通ったら拝殿があります。

 海の神社らしい、シンプルだけどとてもきれいな拝殿でした。

 拝殿の左側におみくじが二つありますけど、向かって左側は「恋みくじ」だそうです。こういうのは…カップルで一緒にひくものなんでしょうか^^;

 そしてここの拝殿で参拝するときも、御潮井があるんです。


志賀海神社の御朱印2 2

立札にあるように、「左・右・左」で砂を体にかけて、それから二礼二拝一礼でお参りします。

 入り口で清めるのはいくつかありましたけど、参拝の時にこの作法は初めてでした~。たぶん、全国的に珍しいかも?

 本殿の屋根も美しいです。


志賀海神社の御朱印2 3

ここの神社はびっくりするものがいろいろあるのですけど、灯籠がとても古くてびっくり!

志賀海神社の御朱印2 4

こちらは「元禄六年」と刻まれていて、誰の奉納かはわからなかったのですけど、この時代は綱吉の時代ですね。1693年ですから…私も皆様も生まれていませんな^^;

 ちなみに元禄時代というと「忠臣蔵」ですけど、討ち入りは元禄15年ですから、これからしばらくのちになります。と、考えると、この灯籠がいかに古いか…ということになりますね。

 海風がキツイ志賀島にあって、よくここまで残ったものだと感心します。

 そしてもう一つのビックリはこちらです。


志賀海神社の御朱印2 5

ココの神社で最も有名なのが、この「鹿角堂(ろくかくどう)」です。立札には「鹿角庫」と有りました。

 これ、全部鹿の角で、ここには約1万本の鹿の角が納められています。

 その昔、神功皇后が対馬にて鹿狩りをされ、その角を多数奉納されたことが起源とされていて、昔は祈願成就に鹿の角を奉納する習わしがあったそうです。

 噂には聞いていましたけど、これはすごかったですよ…。角もすでに白骨化していて、ご覧のように苔むしてます^^;

 もちろん、神功皇后が一万頭の鹿の角を納めたわけではなく、この近くの漁師さんたちの網にかかった鹿の角なども納められたといわれています。

 ということで、こういう銅像もありました。


志賀海神社の御朱印2 6

志賀島は「鹿の島」から来ていると思われがちですけど、それは違っているそうで、「近い島」がなまって「チカシマ」「シカシマ」…で「シカノシマ」になったそうです。ああ、口がまめらん…il||li▄█▀█●il||li

 確かにこういう鹿の角を見ると、「鹿の島」って思う人が多いのもわかるような気がします。

 この島には遥拝所があって…


志賀海神社の御朱印2 7

鳥居は遥拝所で、その下に囲ってある石がありますが、これが亀石です。

 海の神様である「安曇磯良(あずみいそら)」が、神功皇后の三韓征伐の折に、海路の安全を祈願し、協力を求めたところ、ウミガメに乗ってやってきた…という故事にちなんでおかれた物なんです。

 この安曇磯良は、この神社の宮司「安曇氏」の祖神と言われています。

 安曇氏は古代日本を代表する「海神族」として知られ、古代からこの地にいらっしゃる方だそうですが、残念なことに平成20年に宮司が亡くなって、現在は(たぶん)県神社庁長の西高辻信良・太宰府天満宮宮司がピンチヒッターでいらっしゃるようです。

 いずれまた安曇一族から宮司が出てくると思いますが、日本全国にある「あずみ」や「あつみ」の地名があるところは、この安曇氏が散らばって行ったところなんだそうです。よく知られているのは「安曇野市」ですね。


志賀海神社の御朱印2 8

御朱印はあらかじめ書かれているものをいただきます。

 宮司さんはいらっしゃるけど、日付だけ書いてくれます。たぶん、直接書かないのは、上記の理由からかな?わかりませんが…^^;

 その昔は志賀島はドライブで、意味もなくグルグル島の周りをまわってブイブイしてましたけど(笑)、よく考えるとこの島自体は神域なので、畏れ多いことをしていたものだと思います^^;

 今ではとても珍しい、古代からの神事が多くて原生林が多いこの神社は、なかなか気持ちよかったです。

 魚介類もおいしいし、志賀島はいつ行ってもいいですね~(*^_^*)
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