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松下村塾と松陰神社 1

2013.07.10 21:56|旅の思い出
もう、むちゃくちゃ暑い日ばっかりですね~。

 私のPCを置いてある部屋はエアコンがないので、この時期昼間はとてもPCに向かってられません^^;

 ということで、GWの旅の続きです。

 松下村塾はマッチも行きたかったそうで、結構テンションが高かったみたいです。

 その前に、東光寺にお参りした後に、すぐそばにある吉田松陰をはじめとする長州の志士のみなさんのお墓へ墓マイラー。


松下村塾と松陰神社 1

こちらが吉田松陰のお墓です。

 誰がお花をあげに来ているのか知りませんが、吉田松陰と高杉晋作のお墓だけお花が、あとの方は樒だけのようでした。

 吉田松陰は有名なので説明はいらないですね^^;

 お墓は彼らしく大きくはないのですが、墓標はいい石を使っていました。

 その近くには高杉晋作と、私が好きな久坂玄瑞のお墓がありました。


松下村塾と松陰神社 2

写真左の縦が久坂玄瑞。右が高杉晋作です。

 お賽銭箱があるのは吉田松陰と高杉晋作だけだったような^^;

 もともとこのお墓の場所は、高杉晋作の草庵があった場所だそうです。

 眺めがよくて萩の街が一望できますよ(*^_^*)

 ということで、松陰神社へ行ったのですが、GWでしかも駐車料金がタダということもあってか、満車でしばし待ってました^^;


松下村塾と松陰神社 3

20分ぐらい待ってようやく神社へ…。

 松下村塾は松陰神社が維持管理しているそうで、手前に松下村塾があります。ということで、まずは松下村塾へ!


松下村塾と松陰神社 4

松下村塾の手前に、「孝行竹」という竹があります。

 こちら東南アジアの竹だそうですが、この竹は地下茎で伸びるのではなくて、親竹の周りにたけのこがぐるっと生えるそうで、親を守る子供のように見えることから「孝行竹」と言われているそうです。

 吉田松陰はとにかく親孝行だったらしく、斬首刑になるときに、親に「先立つ不孝をお許しください」みたいな辞世の句を残しているそうです。

 で、こちらが国の史跡「松下村塾」


松下村塾と松陰神社 5

もっと離れて激写したかったのですが、とても人が多くて、この場所でみんな記念撮影するから、場所キープでこんな感じでしか撮れませんでしたil||li▄█▀█●il||li

 有名な8畳の「講義室」。


松下村塾と松陰神社 6

このせま~~~い8畳間から、伊藤博文、山縣有朋、品川弥二郎、山田顕義、野村靖、松本鼎、岡部富太郎などなどが誕生したわけですね。

 幕末の日本人は現代人よりも小さいとはいえ、ここに20~50人近くが膝を突き合わせて講義を聞いていたわけですから…昔の人は勉強熱心です。

 その隣は幽閉されていた住居があります。


松下村塾と松陰神社 7

むしろこちらのほうがうんと広い^^;

 といっても、この家の三畳間に幽閉されていたんだそうです。他の部屋は家族がいたそうですけど…。


松下村塾と松陰神社 8

おそらく襖絵などもあったんでしょうけど、資料がないのか白いまんま。

 こういう造りの家には階段がなくて、幕府の役人などが来てもおいそれと2階に行けないようにしてあったんでしょう。

 こちらも国の史跡になっているようです。

 それにしても暑かったですね…まあ、昨日今日の暑さに比べたらなんちゅうことはないですけど^^;

 山口県有形文化財「花月楼」の丸窓…。


松下村塾と松陰神社 9

丸窓は風景が優しく見えるんですね(*^_^*)

 次は松陰神社へ…。
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