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耶馬渓羅漢寺の御朱印~前編

2011.11.15 09:48|寺院探訪

 
 先日も耶馬渓の羅漢寺に行ってきました。実は昨年も行ったのですが、例のごとく、まだ投稿していなくて…(^_^;)
 
 「九州の神社といえば?」と聞かれれば、ほとんどの人が「宇佐神宮」を最初に挙げると思いますが、では「九州のお寺といえば?」となると、ちょっとばらけるんじゃないかと思います。
 
 たいてい国宝のあるところ…大宰府の観世音寺、長崎の崇福寺、そして大分国東の「日本三大金堂」のある富貴寺でしょうか?
 
 でも、ここ羅漢寺も国宝がないにもかかわらず非常に有名なのは、3700体もある石仏のせいかもしれません。
 
 ここは、かの五木寛之氏の有名な著書「百寺巡礼」の最後の訪問地として書かれています。
 
 ということで、参道を登って行きましたが、ここ、山の上にお寺があるのでリフトがあります。
 
 で、もちろん歩いて行かれるのですが、昨年、何を勘違いしたのか、「リフト3分」を「徒歩3分」と間違えてしまい、山道を歩いて行ってしまいました。歩くと早い人で20分、だいたい30分ぐらいかかるそうですが、私は「徒歩3分」のペースで行ったので、15分強で登ってしまいました。
 
 このことがのちに悲劇をもたらすのですが、それはおいておいて…。
 
 なので、昨年の写真と今年の写真が混同しているので、面倒でしょうけどお付き合いください(^.^)
 
 徒歩の醍醐味としては、やはりこの仁王門に出会うことでしょう。
 
 リフトだとここは通りません。
 

 昨年もまだ紅葉していない時に行ったんですよ。
 
 この仁王門はかなり古いもので、昭和18年の羅漢寺の火災の時、残ったものだとされています。
 
 ここの仁王像はちょっと珍しい姿です…。
 

 
 1751年の制作だそうです。
 
 さて、仁王門をくぐるとひたすら登る…。
 

 この時点で内臓が飛び出そうな感じ…。
 
 馬鹿な私はこの時点でまだ、「徒歩3分」だと思っていたので、速足ペースでガンガン登る…il||li▄█▀█●il||li
 
 どうやらおかしいと思ったのは、大分県の保存木の「杉の木」あたり…。
 

 非常に見事な杉の木でした。これもリフトだと見ることができないので、そういう意味では貴重だったのですが、しかしこのときは肺の収縮がMAX状態…。
 
 すごくしんどいのですが、私よりも年上の五木寛之氏は登ったらしい…恐るべし!
 
 「打倒!五木寛之」でやっと見えてきたのは、「千体地蔵」の祠です…しんどすぎてブレブレil||li▄█▀█●il||li(写真右にちらっと見えています)
 
 千体地蔵はあとで…やっと山門に到達しました。
 

 この岩に食い込んだ門を見たときは感動…だけど、息が荒くてしんどい…。
 
 ここ羅漢寺は645年(大化元年)にインドのお坊さんが来たことに始まります。645年といえば、「大化の改新」の時ですね。
 
 で、この険しい山がお釈迦様の聖地「耆闍崛山(ぎしゃくつせん)」に似ているとのことから、山号の由来になっています。
 
 聖地に似ている…けど、登ってきた私には、聖地よりも「道場」に近い試練の場でした(爆)
 
 こちらは江戸時代のガイドマップ…
 

 
 江戸時代でも多くの人が参拝に上ってきていたようです。
 
 今ではひっそりとして、建物は先ほどの仁王門、山門、五百羅漢が眠る「無漏窟」、本堂と、リフトのそばにある、青の洞門を”掘ったとされる”禅海和尚の遺品が収められた禅海堂だけのようです。
 
 

 
 ということで、次は山門くぐって無漏窟へ…。
 
 つづく…。
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