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鍋島直茂陣跡の発掘調査(2)

2011.02.19 14:46|go!go!go!

 

諸般の事情につき、写真などのお持ち帰りはご遠慮ください。

 
 続きです(*^_^*)
 
 鍋島直茂の陣跡、実は他の陣には見られない、大きな特徴があります。それはこのような虎口(出入り口)が非常にたくさん作られているということです。
 

 
 こちらもそうですね。こちらはすぐ横に壁があったそうですが、今は木が立っています。これは自然に生えたものだそうですよ(^.^)
 
 本当はこの木を取り除いたほうが、石垣保護のためによいのでしょうけど、やはり私有地なため、このままにしておくようです。
 
 こちらも虎口がありますが、これがまた他の陣屋のは見られない特徴があります。
 

 
 ここは写真の左側に虎口があるのですが、ここは入ってすぐ二つに分かれています
 
 こういった形はたくさんある陣屋でも他に類がないそうで、なぜこのような形になったのか…。まだ研究段階で確定的ではないものの、ここに鍋島直茂が置かれた立場が垣間見えるという事です。
 
 当時の佐賀領内は、龍造寺隆信という強力な大名がいました。が、龍造寺隆信は島原での戦いで討死。跡を継いだ高房という嫡男、その他の龍造寺一門は、従兄弟である鍋島直茂に領国の統治を委ねたわけです。
 
 なので鍋島直茂はその実力を秀吉に認められていながらも、いまだ家臣という立場でしかありませんでした。領国統治を委ねられたとしても、龍造寺の家臣たちとの主従関係が完全に確立していない状態の中での、文禄・慶長の役です。当然、主君である龍造寺の家臣と、古くから鍋島直茂に使えている家臣との間でいさかいがあっても不思議ではないと思います。
 
 しかも、となりの陣…といっても、上から見下ろせる位置に陣取っているのは豊臣秀長の息子の秀保がいます。
 
 当然直茂も気苦労が絶えなかったかもしれません。いさかいがあれば秀吉の耳に入るやもしれませんから…。
 
 トラブル回避のために直茂が虎口や曲輪をたくさん作って、なるべく龍造寺の家臣と自分の家臣と顔を合わせないような配慮があったのかも…という事らしいです。
 
 という事で、この陣はその規模の大きさや特殊な陣屋構成から、時代背景が垣間見える貴重な文化遺産だという事がうかがえるという事です(*^_^*)
 
 3枚目のところにはほぼ完全な形で石段が残っていました。
 

 
 ここは入って歩いてもOKでした。かなり頑丈に作られていましたよ。
 
 H媛さま、うらやましいでしょう(爆)ここを「な~んで直茂の下で、かの国まで戦に行かなならんのかい!!」とか、「龍造寺のヤツ、偉そうに!」とブツクサ言いながら歩いていたのかもしれませんね(笑)
 

 
 こちらはおそらく…でしかないのですが、直茂の住まいがあったかもしれないと言われる場所です。
 
 平たんにするために盛土の跡が発見されました。私には同じ土にしか見えないんですけど…わずかな違いがあるのかな?さすがですね。
 

 
 ここも虎口の跡ですが、ご覧のように石組がグチャグチャ…長い年月を感じます。ここでは丸瓦が発見されました。拡大時にわかりやすいように、少しトリミングをしてみました。
 
 

 こちらは丸石が発見されました。これは海から拾ってきた石だそうで、この陣の真下崖、海になっています。
 
 直茂の陣は文禄・慶長の役では「実動部隊」。そのため、待機部隊であったお隣の秀保の陣はこの丸石がたくさんあるそうです。
 
 庭に敷きつめて茶の湯などを催した跡があったみたいですよ。実動部隊との差は大きいですね…(^_^;)
 

 
 土塁の前で一生懸命説明をしてくださる、学芸員のお兄さん…。
 

 
 見学経路の出口には、ここで一番見事な石垣がありました。
 
 ああ、石垣フェチにはたまらないです…見事でしょう~見て見て❤
 

 
 出口の目の前には、堀秀治の陣の跡があります。
 
 ここは常時見に来ることは可能です。見に来やすいように、駐車場など完備されていますよ。ここは本当のお城みたいな作りの陣があったそうです。
 
 

 
 手前の串道は当時からあったもので、今では簡単なコンクリートで舗装され車で入ることはできますが、ほとんど農作業用の軽トラしか入れません。
 
 秀保の陣も写真の部分は私有地で見られませんが、一部は見学可能なところもあるそうです。
 
 そんな感じで1時間弱の見学はおしまいです。
 
 今後(たぶん今日か明日)に埋め戻しの作業が始まるという事ですから、おそらくこの状態を見ることはなくなるでしょう。
 
 歴史のほんのさわりぐらいしかわからない私でしたが、二度と見ることができないであろう鍋島直茂の陣跡、寒い中、行ってよかったと思います。
 
 補足ですが、秀吉が亡くなったあと、この一帯はすべて大名が陣を引いてしまいましたが、ここ鍋島直茂の陣屋は佐賀市大和町の「玉林寺」に一部が移築されています。

 ※写真のお持ち帰りはご遠慮いただいていますが、資料等に使いたいと思っていらっしゃる方、お気に入りに登録していただいている方に限って、文字を消したものをお送りいたします。
 
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