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大己貴神社の御朱印

2012.05.25 14:30|神社探訪

 
 ええ~~、キリンビールの誘惑を振り切って、大己貴(おおなむち)神社へ行ってきました。
 
 「おおなむち」ってちょっと読めませんが、これは神様の名前で、「大国主命(おおくにぬしのみこと)」の別の名前とされています。
 
 実はここの神社は日本最古の神社という説があります。ここの神社の由来に書かれているのはすでに断定して書いています。
 
 現在日本最古の神社と言われているのが、奈良県の大神(おおみわ)神社ですが、実はその大神神社を建立する際、ここの国人が大和へ移り住んだと言われています。
 
 なので、この地域と大神神社周辺で同じ名前、もしくは似たような名前の土地がたくさんあるそうです。
 
 この神社の住所は現在町村合併により「筑前町」になりましたが、その前は「三輪町(みわまち)」。大神神社の「みわ」と同じなんです。
 
 これはもう、奈良に調査に行かなくてはなりませんな(^_-)-☆
 
 こちらがエース…。
 

 
 
 表面をちょっとだけモルタル修理をしているようですが、腕も太く、なかなかの風格があります。
 
 ここは神門がないので、余計気合が入っているのでしょう。
 
 こちらが拝殿です。
 

 
 こちらの神社は1692年に建立されて、幾度か補修はしてあるかもしれませんが、そのままのようです。
 
 ここは神功皇后が三韓征伐の折、この地で兵を集めたところ、なかなか集まらなかったそうで、「大三輪社」を建てたところ集まったという伝説があります。 
 
 この地ではこのように神功皇后のスーパー伝説が、弘法大師のスーパー伝説と双璧でたくさんあるのですが、この伝説には裏があるようです。
 
 神功皇后は三韓征伐のための徴兵を行いましたが、この地の豪族で「羽白熊鷲(はじろくまわし)」という、実力者がいました。
 
 この羽白熊鷲が「NO!」ということをきかなかったことから、神功皇后は新羅に行く前に羽白熊鷲をやっつけます。
 
 羽白熊鷲は滅びましたが、それでも兵が集まらず、神功皇后は先に述べたように大三輪社を建立し、矛をささげた…とされます。
 
 このようにして、ヤマト朝廷が中央集権体制へと変わっていった過程なのでしょうね。
 
 さて、拝殿の欄間には見事な龍の彫刻があります。
 

 
 
 いいですね~~この巻きつき方がたまりません(*^_^*)
 
 塗装するときはどうしていたんでしょう…すっかり感激です。
 
 拝殿前の狛犬のほうがエースより古いような感じがしました。
 

 
  いいですね~~、この上向き加減が勇ましくて素晴らしい!
 
 エースもいいですが、こちらのほうが私のタイプですね(*^_^*)
 
 本殿はこれまた古くて、ものすごい彫刻がありました。
 

 
 美しいですね~~。
 
 そしてここは祭神が大国主命なので、このような像がありました。
 

 
 
 
 
 
 こちらでは「おんがさま」と呼ばれています。
 
 大神神社から「おおがみ」…で「おんが」となったみたいです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 この像の後ろに遥拝所があります。
 

 
 
  この山が御神体の「三輪山」…たしか大神神社の御神体も山でしたね。
 
 ということで、御朱印を頂きました。
 

 
 おんがさまがいらっしゃいます。
 
 こちらはとっても若くてハンサムな宮司さんが書いてくださいました。
 
 ずいぶんと私の手のことを気に掛けてくださいまして、優しいお言葉をくださいましたよ(*^_^*)
 すっかりホの字になって帰りました(* ̄m ̄)
 
 こちらにはたくさんの素晴らしい絵馬もありました。
 
 あまりにも素晴らしいので、別記事で投稿しますね。
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