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高伝寺の御朱印

2009.03.08 16:36|寺院探訪
 高伝寺に梅を見に行ったので、久しぶりにお寺の記事を投稿します。

 高伝寺は曹洞宗の禅寺で「高伝禅寺」が正式名称なのですが、信号の標識の横にも、観光パンフレットにも、お寺のパンフレットの説明書にも「高伝寺」と書いていますので、この先もこのように呼ばせていただきます。

 実は昨年、「釈迦堂御開扉」の折、市指定文化財である「大涅槃像図」が翌年から修復に入るということで、しばらくは見ることができない焦りから、わざわざ見に行ってきました。

 ということで昨年の4月の写真を中心に投稿しています。

 三門です。


 ここ高伝寺は「鍋島家菩提寺」ですが、先の藩主であった「龍造寺家」のお墓もあります。
天正12年(1584年)、龍造寺隆信は島原半島に於いて島津氏・有馬氏の連合軍との戦いで敗死した。その遺児である政家の補佐役として実権を握ったのが、重臣の一人であった鍋島直茂である。天正18年(1590年)には政家を廃し、その子の高房を擁立、直茂はその後見人として豊臣秀吉より認められた。以後、鍋島氏は主家を圧倒することとなる。

慶長12年(1607年)、江戸において龍造寺高房が急死。これには鍋島氏に実権を握られて憤慨し失望した高房が、妻を殺害し自らも死のうとしたが果たせず、そのときの傷がもとでのちに亡くなったという説がある。高房の死後わずか1ヶ月後には、肥前に隠居していた父政家も急死。高房には遺児・伯庵、実弟・主膳がいたが直茂の命で伯庵が出家するなど事実上ここに龍造寺本家が絶え、龍造寺隆信と義兄弟の関係にあった鍋島直茂が龍造寺家の家督を引き継ぐ形で佐賀藩35万7千石を手にし名実ともに大名となった。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 ということで、歴史の好きな方、ドロドロ劇の好きな方にはたまらない歴史の事実があったわけで、かの有名な「鍋島家化け猫騒動」はこのお家騒動をもとにつくられたということです。


 最近ではあまりTVでは見かけなくなったお話ですが、実際に「怪猫の墓」があるお寺もあります(^.^)

 それはさておき、脱線してしまいましたので、本題に…。

 抹茶(?)に浮かぶ釈迦堂…(笑)


 おわかりと思いますが、藻です(^_-)-☆

 三門をくぐると本堂があります。

 三門も大きいのですが、本堂も大きな本堂です。


 中は撮影禁止なのですが、欄間も見事でした。

 御開帳された釈迦如来像です。パンフレットからどうぞ…。


 ブチ切れて申し訳ないのですが、左右に文殊、普賢菩薩を脇侍にしていらっしゃいます。

 なかなか見事な仏像でしょ?
 
 しかもこの仏像、なんと「赤栴檀(あかせんだん)」という香木でできているんです!!

 長崎にこの香木がシャム(現タイ)から入ったと聞いた、初代藩主鍋島勝茂公が京都の仏師に作らせたものだそうです。

 何とお金持ちな殿さま!!

 というよりも今でもそうですが、物流の関係上、京や江戸で買うより安いということもあったのでしょう。

 いわゆる早い者勝ち…(笑)

 そしてこの時期たった二日だけ、「大涅槃像図」が見られるのです。

 これもパンフレットからどうぞ…


 すごくでかい、お堂に広げられないくらいの涅槃図です。
京都東福寺にある明兆筆の模写で、縦八間(14.4メートル)、横三畳半(6.3メートル)の和紙に描かれています。
 300年前に書かれたものらしいのですが、いかんせん、東福寺にある涅槃図をそのままの大きさで模写して、ルンルン気分で帰ってみたところ、広げる場所がなかった…(+o+)

 もう、これでは「宝の持ち腐れ」…(T_T)

 これを書いた絵師は帰って来て広げて見てどう思っただろう…。

 でもせっかくだから、広げて開帳日ぐらいは飾ろうではないかということだったのでしょうか?

 写真ではわかりにくいと思いますが、真ん中がバッサリ、見事に割れています(T_T)

 実際ナマで見たのですが、想像以上にひどいもんでした。

 修復費用は1千万円ほどかかるらしいのですが、今後修復したとしてもどこに飾るのだろうか…?

 現在、九州国立博物館で修復に入っています。(追記…このほど修復が終わり、現在は涅槃図を奉納するお堂を建築中です。2011年現在)

 では裏のお墓のほうに行きましょう。

 前回、高伝寺の梅の際にだいたいは見たと思うので、ざっと流します…。

 燈籠マニアにはたまらない…いったいいくつあるのだろう…。


 親戚筋のお墓にある燈籠を入れると500とはいえないほどあると思います。

 そして親戚の墓はこんな感じ…。


 手厚く葬られています。

 しかも全部切りだした石ですよ(^.^)

 そして気になるお墓が…


こういう説明書がついていました。


 私の嫌いな秀吉がしそうなことです(怒)

 それにしても昔の女の人はすごいことするな~(驚)

 これを知ったダーリンはどう感じたでしょうか?

 嫁さんは貞操を守ってくれて感激なれど、相手は恐るべき太閤だし…。

 心中、いろんな思いがあったのかも知れませんね。

ああ、それなりの顔でよかった…ホッ(*^_^*)って、私とは関係ないっ!!(笑)

 ここに、織部燈籠(キリシタン燈籠)がありました。


 古田織部が考案した燈籠だということですが、貴重な燈籠だということです。

 ここ、長崎街道を行くと長崎の天主堂につながります。

 そういう縁からあるのか、どうなのか…。

 そしてもう一つ、早稲田出身の方必見!!


 これは八太郎槇といって、県の名木100選に選ばれているイヌマキです。

 八太郎とは、かの大隈重信の幼名で、幼い頃両親に連れられてここのお寺に来たとき、この木に登って遊んでいたからつけられたそうです。

 さて、御朱印…


 こちら、もう一つ面白いことにこのお寺、実はあのものまね番組でよく似顔絵を描いていらっしゃる針すなお先生のご実家です(笑)

 出てきて書いてくださったご住職は、おそらくご兄弟の方でしょう。

 もうそっくりすぎて、顔見た瞬間笑いそうになった…(^-^)

 全然御朱印とは関係ないんですけど…(笑)


 高伝寺…佐賀市本庄町大字本庄1112-1


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