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医福山日輪寺の御朱印

2008.08.25 10:47|寺院探訪
 最近、食べ物の話題ばかりが先行し、九州の神社仏閣ファンの皆様を退屈させてしまいましたので、今回は私のちょっとした(?)恥ずかしい思い出を混ぜながら、ご紹介いたします(^.^)

 医福山日輪寺は熊本県でも有数の古刹とされ、悲劇の武将菊池武時(南朝方)が再興したと伝えられています。

 楼門です…普通お寺では「三門」とされますがここは「楼門」と呼んでいます。


 この楼門の中にかかっている梵鐘は天正13年(1357年)に鋳造されたそうです。

 残念ながら、外からではよく見えませんでした。

 楼門をくぐると、右に「ふるさと熊本の樹木」に指定されている「羅漢槙(ラカンマキ)」の大木があります。

 イヌマキに比べると葉が短い槙です。

 樹齢650年ほど、根回り4m、高さは25mあり、まだまだ大きくなりそうな感じです。

 その大木の前には「赤穂十七義士」の遺髪塔があります。


 なんで赤穂浪士???忠臣蔵が好きな人はご存知と思いますが、仇討ののち、幕府の沙汰が決まるまで各大名家に預けられ、そのうちの大石内蔵助以下十七名が肥後藩主細川家の預かりになりました。

 仇討をなしたヒーローのもてなしは半端ではなかったようで、沙汰が決まる五十日間は大接待が催されたそうですよ。

 いずれ切腹は免れない雰囲気があったのでしょうね、しかも細川家の預かりになっている面々は主要なメンバーばかりですから…

 その時の接待をしていた藩士「掘内伝右衛門」が大石たちから切腹前に遺髪をもらいうけ、郷里に帰ったのちここに供養塔を建てたとのことです。

 さて、御朱印を書いていただいている間、庭を散策…




 花の時期をちょっとすぎていたので、緑のお庭でした…(+o+)

 私は忠臣蔵が大好きもので、ちょっとしんみりした気分できつめの階段を登っていくと、そんな気分を吹っ飛ばすような方が待ってました!!


 「うお~!!!」いきなり声が出てしまい、あまりの大きさに見上げるばかり!!

 予想もしない大男の出現にビックリ仰天!あなたどなた?

 この方は「びんずる尊者」といいまして、釈迦如来のお弟子様です(^◇^)
 
 衆生の無病息災、病気平癒を願うたいへんありがたい大仏様なのです。

 大変失礼しました…<m(__)m>

 大きさは全高30メートル、幅10メートルで直立ではなく、山の斜面にもたれかかるように立っておられます。

 ここの内部には祈祷ができるようになっています。

 100円を払ってろうそくと線香を買い、自分の体の悪い所を下の写真のように寝そべっているおびんずる様の体を触って「よくなりますように」とお願いするのです。

 ここで…やっちゃいました(+o+)

 ご案内をしてくれたおばちゃんが「お好きな色のろうそくと線香のセットを選んでください」ととても親切に教えてくれたので、「これは真面目にお祈りせんといかん!」と気合十分!

 「女は赤よ!燃える女じゃけん!赤よ!赤!」

 馬鹿みたいにいいながら、ろうそくに火をつけ、線香をお供えしていざ、おびんずる様に拝礼…

 ふと見ると、頭と膝の部分がはげていました。

 「あ~、やっぱりお年寄りが悩むのはボケと膝なのね~。」妙に納得しながら…

 常日頃から年取ったら「シモの世話にはなりたくない!」と思っている私。

 尿漏れせんようにとりあえず腹筋は鍛えているものの、やっぱり不安…

 そんな無意識の感情からか、おもわずおびんずる様の股間をなでてしまいました…(+o+)

 時すでに遅し…ろうそく売りのおばちゃんに大ウケ!!

 声を殺したように笑われてしまいました…(+o+)

 「ち、違うんです!紙おむつの世話にならんようにお祈りしとったとです!」必死の弁解も、「わかってますよ。」といわんばかりの笑顔…

 やっちまいました…(+o+)

 さて御朱印…


 気合いが入ると、たまにこういうことがあるようで、いい年なんだし気をつけなければならないのでしょうが…(+o+)

 いつまでたっても落ち着きのない私です…


    医福山日輪寺

   熊本県山鹿市杉1607
     ℡ 0968-44-6721
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